2010年8月11日水曜日

対日戦勝記念日

7月25日にメドベージェフ露大統領が署名して発効した対日戦勝記念日。正式には「世界大戦終結の日」という名称で日本に配慮した形とのことだそうだ。日本の外務省が「対日戦勝」の言葉が入らなかったことを評価しているとの報道があったが,残念だ。

ああいうならず者国家には,腹の中でそう評価していたとしても決して表に出してはいけない。あのドイツですら5月9日は大祖国戦争勝利の日という名称を使うが「対独勝利の日」とはされていないのだ。

北方領土問題は外務省はカリカリするくせに,こんな問題こそせっかくのメッセージを出せるタイミングだったのに「評価」とは,なんとも情け無いではないか。
思うに,日本と利害関係が対立している国,中国やロシアを見ると共に外交部・外務省はスポークスマン的な役割こそあれ権限などない。やはり,政 治力の無さがそのまま脆弱な外交政策に反映されてしまうのだろう。強力なイニシアティブを民主党に期待できないのであれば,優秀な官僚に任せればいいと思 うのだが,今の外務官僚じゃあだめだけどな。

ちなみに,この議論,今回が初めてではない。以下は朝日新聞の引用

ソ連のスターリン時代は,1945年に実際に対日勝利を祝った9月3日を『軍国主義日本に対する戦勝記念日』としていた。ソ連崩壊後の1998年,この記念日を復活させる法案を上下両院が可決したが,エリツィン大統領(当時)は署名を拒否。小渕恵三首相(当時)のロシア公式訪問前であり,退路感情悪化につながる法案成立を避けたとみられる。この際,エリツィン氏は9月2日を大戦終結記念日とする代案を上下院に示した。
今回の『大戦終結の日』は,『軍の名誉の日と記念日に関する報』で指定された9つの記念日に加える形で,7月2日に法改正案が提出され,7日に下院,14日に上院で可決,25日までに大統領が署名し,スピード成立した。
5月9日の対独戦勝記念日は,『軍の名誉の日』とされ,労働法で休日とされている。

2010年4月2日金曜日

ウクライナの世論の変調

 人々は民主化を期待したユーシェンコに事実上,EU加盟もかなわないまま,失意のまま総選挙を迎えた。ヤヌコビッチには大いに期待が寄せられたと見るべきだろう。ところが,新体制発表後,民意は大きく変化する。ヤヌコビッチ大統領に基本的な政府の役割-予算案の通過,秋の議会選挙-さえ果たしてくれれば良いと考えるようになった。
新体制はユーシェンコ体制のあれた5年間を治癒させるだけの変革をもたらさず,むしろ,最悪ルカシェンコの独裁的な政治を思い出させるものらしい。
ひとまず,ヤヌコビッチにとっての試練は,4月のIMFから資金を支援してもらえるかどうかに掛かっている。課題はIMFが凍結していたウクライナ向け融資を再開してもらうことである。今後,EBRD(European Bank for Reconstruction and Development●欧州復興開発銀行)との関係を占う試金石ともなり,欧州投資銀行との関わりを占うものとなろう。

2010年3月31日水曜日

ロシアの自爆テロへの迅速な対処

モスクワ近郊の2駅「Lubyanka」「Park Kultury」でテロ事件が起こった。報道によれば,二人の女性が自爆テロを実行したとのこと。
Lubyankaは,元KGB本部の建物が所在しており,現在も跡を引き継いだFSBが居を構えている。Kultury公園駅は,ゴーリキー広 場の近くでデートスポットらしい。ともにクレムリンの近くで,日本のサリン事件を彷彿とさせる。

ここですごいと思ったのは,実は,これだけの死傷者を出しておきながらなんと90分で通常運転に戻ったそうだ。無論,その90分の間はバラバラ になった死体を拾い集めたり写真をとったり必要とされることは一気にやり遂げたのだろうと思われる。

おそらく,当局者が最も重視したのは,テロリストに対する心理的なメッセージ。テロリストにテロ事件がクレムリンに打撃を与えたと思わせないこ とである。事態をすばやく通常の状態に戻し,テロが無力であるということを彼らに思い知らせるということなのだろう。

日本なら,ここで一斉に誰が悪いなどあら捜しが始まりそうだ。あ,これは報道の自由が確保されているからか

2010年3月26日金曜日

ウクライナ野党勢力は結集するか-Tabachnyk教育相の解任に向けて-

 2月7日の決選投票でヤヌコビッチが勝利,3月3日には新ヤヌコビッチ政権はティモシェンコを首相から追いやった。
3月17日,ティモシェンコブロック(BYT)は「我がウクライナ」(人民自衛党員?NUNS)らからいくつかのグループと野党連合を組むことで合意した。「我がウクライナ,Our Ukraine」は,ヤヌコビッチ及びティモシェンコについで第3位の野党である。
ちなみに,NUNSメンバーであるYatsenyukは,1回目の大統領選で4位につけた実力者だが,ティモシェンコの野党連合には参加しないと表明,NUNSの公式の代表者であるMykola Martynenkoも「NUNSはティモシェンコブロックの子飼いではない」として野党連合に参加しないと表明。(インターファックス,ウクライナMar/19/2010)

野党の中でも足並みは揃っていない状況である。ユーシェンコやNUNSメンバーのVyacgeskav Kyrylenkoもティモシェンコの野党連合には参加せず,第3の野党連合をつくると表明している。(www.for-ua,Mar 17)
 ユーシェンコもNUNS幹部のひとりのVyacheslav Kyrylenkoと,別途同様の野党派閥として活動を初めている。
この中で統合が成功するとしたら,共通の目標を打ち立てることだろう。そこで,現在,取り組んでいるのは,教育相のDmytro Tabachnyukへの攻撃である。ヤヌコビッチ陣営でもHanna HermanやBorys Kolesnykov副首相はDmytro Tabachnyukを嫌っていることを公言している。

Kyrylenko(ユーシェンコ陣営)は,Tabachnyk教育相の不信任案を3月12日に議会に提出,その後,15日16日には,「Tabachnyk教育相の就任はクレムリンの要求に答えたもので,退任しろ」とのデモも行われた。16日には,BYTも参加した。
教育相が実際に退任に追い込まれれば,野党連合の勝利と言えるのかもしれない。

2010年2月19日金曜日

Google攻撃に中国の教育機関が関与との指摘

  NSAら専門家筋が究明したところによれば,上海交通大学と藍翔 (LanXiang)職業訓練校が現在のところ,Googleや米国国防省などを攻撃したのではないかというところまで特定してきたようだ。

 当初の段階では,台湾が第一次の攻撃拠点とされており,その先は究明できていなかった。今回,台湾を経由してきた先である中国本土であることを突き止めたことは新しい進展と見える。


 さて,NYタイムズでは,藍翔職業訓練校の関係者と面談している。関係者いわく,「高卒の連中がハッキングするほどの知識を持つことはないので,考えられない。とはいいつつ,学校の施設は適正に管理されている」と言い張っている。
 疑いのあるのは,専門学校のウクライナ人教授のところ(クラス)だそう。

 中国の専門家筋が語るところによれば,二つの要因を上げている。
○IPアドレスのハッキング
○個人レベルのハッキングの腕試し




ちなみに藍翔職業訓練校のコンピューター専攻の学生は,卒業後,年に4~5人軍人に採用されている人のことである。多いのか少ないのかは不明。

http://www.nytimes.com/2010/02/19/technology/19china.html?hp

2010年2月4日木曜日

Ukraine選挙だけど,キャンペーンはアメリカンです。

ヤヌコビッチは,2004年の選挙でオレンジ革命という名の下で敗北。投票結果がねじ曲げられていたと大規模な抗議活動に発展し,再選挙となった結果,ユーシェンコに敗北した。このことは,ヤヌコビッチがロシアの後ろ盾の元で,投票結果に造作を加えたものとみなされた。

ヤヌコビッチの政治生命も一旦は絶たれたと見る向きも多かったが,ユーシェンコの失政で相対的に人気が上がったヤヌコビッチが再び脚光を浴びる。2010年1月17日の選挙では36%の第一位の得票を得,第2位のティモシェンコ首相と決選投票。

ウクライナ選挙で興味深いのは,選挙キャンペーンの裏方。

ヤヌコビッチ陣営
米国共和党のブレーンPaul Manafort(Davis,Manafort,Freedman社)が,ヤヌコビッチの運命を好転させている。2005年にはヤヌコビッチの支援者であるRinaf Alhmetovに戦略上のアドバイスを行った。
ティモシェンコ陣営
ティモシェンコ陣営にはAKPD Media and Messageがついている。同社は,David Axelrodが設立。オバマ大統領の上級顧問として仕えた。また,John Anzaloneもオバマの大統領選でキャンペーンを手がけた人物であるが,同じくティモシェンコを支援しているようだ。

ユーシェンコ陣営
米国のPBN社から同じく選挙キャンペーンを支援してもらっていたほか,ヒラリー・クリントン国務長官のキャンペーンを手がけたMark Penからのアドバイスを貰っていた。結局のところ,1月17日の結果は第5位でわずか数%にとどまった。

ただ,FTでは,キャンペーンに重点を置いている。
選挙を担当する会社にとっては,ウクライナは極めて裕福な国だし,チャンスがたくさんあるとして,大きな選挙に打って出たいと考える選挙のプロの会社は虎視眈々とその市場を睨んでいる。

見れるかどうかわからないが,Financial Timesの記事
http://www.ft.com/cms/s/0/827bd81a-0b91-11df-8232-00144feabdc0.html

2010年1月31日日曜日

Ukraine決選投票

予想通り,ヤヌコビッチとティモシェンコの一騎打ちになりそうだ。
過半数を超えなければ,決選投票というのはなんとなく公平なようで不公平なような気もする。

ウクライナは,前回のオレンジ革命に象徴的だが,選挙不正が行われるといったことが普通にあるようだ。
ティモシェンコ陣営では,不正が行われたことを前提として抗議デモを準備していたのだから,いまだにオレンジ革命の名残があるといったところか。意外にもティモシェンコが善戦し,抗議デモは,実施されなかった。

さて,ヤヌコビッチ氏も過半数を超えなかったので,決選投票となるが,おそらく,このまま行けば,投票はヤヌコビッチ氏に流れるのではないだろうか。実は,前回のオレンジ革命では,ヤヌコビッチが選挙で勝利していたのを,不正を主張する形でやり直し,その間にヤヌコビッチはロシアをバックにしているとして勝利を収めたことがある。今回は同じ轍を踏まないようにロシアも表立って支援を表明していない。

ロシアにしてみれば,ティモシェンコにしろヤヌコビッチにしろ,親ロシア路線を取るのは間違いないので,あまりてこ入れして前のオレンジ革命の再来は避けたいとの思惑がある。

さて,今回はヤヌコビッチが東部と南部を押さえているのはもちろんだが,西部は今回どういう動きになるかが不透明である。決選投票の恐ろしさか。

新たな条件闘争に走りそうなのが,ティモシェンコが1回目の投票で第3位,約13% の得票を得たTigipko元経財相を首相に任命したいと口走った。票集めに走るわけです。ただ,この元経財相は,政策的にヤヌコビッチに近いとされ,ティモシェンコとはあまり共通点がないかもしれません。ティモシェンコはやはり,自ら経営するガス会社(運搬)の関係が強いので,パイプラインの株の共有,つまり,ガス原油運輸のコンソーシアムを作り上げるというヤヌコビッチの構想には断固反対しています。その点,Tigipkoはその意見に賛成。ということで,おそらく,この申し出に政界再編といった意味はないのでしょう。

私が注目しているのは,この第3位のTigipko です。この経済に詳しいバランスが取れた人物が,次世代の顔として表舞台に出てきたことを意味すると考えています。この人物が今回大統領になれなかったのは正解で,ポストヤヌコビッチ(ティモシェンコかも)の次代を担う人物として,今回の立候補で十分顔を売れたという効果があった。

いずれにせよ,2月7日の決選投票,その後のヤヌコビッチの動き,ティモシェンコが築き上げてきたビジネス環境の変化に注目が集まりそうです。

ウズベキスタンの苦悩

ウズベキスタンは現在,国会会期中。そこで,カリモフ大統領がアフガニスタン戦争を今すぐ終わらせるべきだと語った。
旧ソ連であるウズベキスタンは,アフガニスタンと国境を接しており,民族的にも近い上,少ないながらもアフガン系国民を抱えている。また,逆にアフガニスタンにはウズベク系アフガニスタン人も居住している。
ウズベキスタンはイスラム国で,ロシアにも世界第2位の規模を誇るモスクがサンクトペテルブルクにあったりする。つまり,イスラム対キリストという構図で行くとむしろ,アメリカのテロ戦争よりもイスラム勢力に対してより神経質である。

ウズベキスタンは,1979-1989のアフガン侵攻で(イスラムの)武闘派組織は解体されものの,その後のアフガニスタンの共産主義勢力の崩壊,1991年のソ連崩壊によって,ウズベキスタンの国内外における武装組織は活動を活発化させた。ソ連が勝手に引いた国境線で各国の勢力がそれぞれ弱体化するように分割したFergana Valleyでは,皮肉なことに,同所を拠点として各国のイスラム武装勢力が軍事教練を行ったりしている。


特に有名なのがIMU (the Islamic Movement of Uzbekistan )。タジク付近の施設で軍事訓練を行い,数多くの政府への妨害作戦を行っている。IMUはそのほか,ウイグル族やその他東トルキスタンの過激派と協力関係を結び,より大きな勢力となった。しかし,彼らはタリバンを含むイスラム武装組織とも広範なネットワークを構成していたため,その後,西側がアフガニスタンへ侵攻を開始すると,IMUなどの攻撃対象を,西側部隊へ変わることになった。

2001年の911テロでウズベキスタンは米空軍への基地使用を認めたが,その後,2005年,海外の軍を駐留させないとの法律を可決,米軍を追い払った。

ウズベキスタンは,旧ソ連の中でも独立心が強いとされる。これにはウズベキスタンが天然資源がある程度確保されているということと,いじめっ子ロシアと地形状,他のタジキスタン,キルギスタンなどと比べても少し離れていることがある。
問題は,米国のアフガニスタン増派によって,プレゼンスの劣ってはなるまいとロシアがキルギスタン,タジキスタンに駐留をしてきたことである。ロシアとは離れてても,隣国でロシアがにらみを聞かせている状況では,ウズベキスタンとしては安穏としていられないわけだ。まして,現在ではアメリカの空軍基地がないのだから,いずれロシアが基地を貸せといいかねない。
ウズベキスタンがアフガン戦争の停止を唱えている一方で,ロシアが非公式協議でドイツとウズベキスタンを兵站ルートで利用させるのはどうかという交渉をしているという話がある。ますますウズベキスタンを悩ませる話が増えてきている。

2010年1月11日月曜日

ユーシェンコ後のウクライナ

1月17日に実施されるウクライナ選挙では,候補者の世論投票で第5位までは親ロ派である。ということは,決選投票になったところで,ウクライナは親ロ路線へと舵を切ることになる。

ロシアの影響力からオレンジ革命で西側に急接近したかと思えば,今度はロシアに近づくというわけだ。
これまでは,アメリカにウクライナを人質にとられてロシアはやきもきしていた。これからは,米国は切り札としてのウクライナを奪われてロシアに勢いが出てきてしまった。

ついこの間,ロシアはカザフ・ベラルーシとWTO様の協定を結んだ。ウクライナは今後この体制に組み込まれるのではないかと思う。アメリカもイラク,アフガニスタンで手をとられているうちにどんどんと取り残されるような気がします。ちなみに,米国が制裁したいと言っているイランなんかの権益は,さっさと中国に「油揚げをさらわれて」います。ロシアはブシェール原発への協力をしている関係上,イランの攻撃には絶対反対してるし。

米国は,まさに泥沼ですな。

2010年1月5日火曜日

Ukraine:いよいよ17日に大統領選

全然,投稿していなかったが,気分を入れ替えて,Blogといふものをしてみるなり。

さて,17日はUkraineで大統領選挙が実施される。
ウクライナの世論調査では比較的客観的と思われるサイトを見つけた。

U&Bというサイトである。
めちゃんこ詳しい。
http://www.rb.com.ua/eng/

 ウクライナにサーバーがあるので少し変更している可能性がナキニシモアラズだが,データが詳細なだけにある程度信頼性は担保されているのではないかと思う。
ちなみに,最新の話ではヤヌコビッチ元首相が33.3%で次にティモシェンコ首相が16.6%でそれに続く。


 興味深いのは,第3位のTigipkoや第4位のYatsenyukである。おそらく,大統領選挙では1位と2位の決選投票となるのだが,この3位4位は新大統領に認められれば,次期首相の人事に関わってくる可能性が高い。TigipkoやYatsenyukは共に経済に強いからだ。

 そう思っていると「Who's who in Ukraine」という面白いBlog(http://ukrfaces.blogspot.com/2009/10/presidential-elections-2010-complete.html)を見つけた。
 実質上,ヤヌコビッチとティモシェンコとの一騎打ちとなっているので,その影に隠れているが,ウクライナの大統領選挙には候補者18人もいるのだ。